12. 危機からの回避とリスクテイキング
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1. 危機からの回避
1-1. 損失回避傾向
行動経済学が発展した背景には、伝統的な経済学の理論では説明ができない人間の経済行動の例が次々に発見されたこと
そのような従来の経済理論からの逸脱例(アノマリー)として最もよく知られてるもの
損失と利得の非対称性
同じ金額であっても損失するときの苦しみのほうが、それを取得するときの喜びよりも大きい
→損失回避傾向
現状維持バイアス(Kahneman, Knetsch, & Thaler, 1991)
損失回避傾向の顕著な例
よほど強い誘因がない限り、我々は現状を維持し、新たなことに足を踏み入れようとしない
よい変化をもたらす可能性がある一方、悪い結果へとつながる可能性もある
サンクコスト効果(Arkes & Ayton, 1999)
サンクコスト(埋没費用)とは、過去に払ってしまって、もはや取り戻すことのできない費用
したがって、将来に関する意思決定をする場合、サンクコストは考慮に入れず、今後の損益だけを考えるのが合理的な判断
にもかかわらず、ある対象に投資し続けることが損失になるとわかっていても、それまでの投資によって失った費用や労力を惜しみ、投資を続けてしまう
サンクコスト効果はコンコルドの誤謬とも呼ばれている
超音速旅客機コンコルドは、定期運行路線をもった唯一の超音速旅客機だったが、定員が少ない、燃費が悪いなどの理由で、開発途中から採算ベースにのらないとわかっていた
しかし、いったん動き出した計画を途中で止めることができず、結局、多額の赤字を出したあと運行は中止された
1-2. プロスペクト理論
損失回避傾向は、カーネマンとトベルスキーによるプロスペクト理論によって説明される
プロスペクト理論(Kahneman & Tversky, 1979)
価値関数
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横軸: 客観的な価値(金額)
客観的価値とはそれ以前の状態との相対的な水準=変化を表す
縦軸: 主観的な価値(心理学的な価値、満足の度合いなど)
現在の状態を参照点としたとき、変化後の状態が利得なのか損失なのかをを重要視している
感応度逓減性
利益も損失も値が小さいうちは変化に敏感だが、値が大きくなるにつれて変化への感応度は低下すると仮定している
プロスペクト理論では、損失がもたらす不満足は同じ額の利得がもたらす満足よりも大きいことを予測する
このことが損失回避傾向をもたらしている
1-3. 確実性・可能性効果とゼロ・リスク志向
現在の状態からの変化が利得となるのか、損失となるかは確率に左右されることも多い
リスクは被害や損害の重大性とその生起確率の積と定義されるのが一般的
ところが、主観的な確率は、客観的な確率とは必ずしも一致しない
そこでプロスペクト理論では、価値観数以外に、決定過重関数が想定されている
table: 表12-1 プロスペクト理論の決定過重関数(Kahneman, 2011)
確率(%) 0 1 2 5 10 20 50 80 90 95 98 99 100
決定加重 0 5.5 8.1 13.2 18.6 26.1 42.1 60.1 71.2 79.3 87.1 91.2 100
これはものごとが起こる確率は客観的な数値ではなく、主観的に重みづけられた数値によって評価されることを示している
低い客観的確率は主観的に過大評価される一方、高い客観的確率は主観的には過小評価される傾向がある
4. 犯罪に遭遇する危機で示した犯罪認知件数の評価もこのような傾向で、犯罪に限らず一般的に見られるもの
客観的確率と主観的確率との解離の中でも大きな質的変化
可能性効果
0%であったものが数%に変化する場合
e.g. 致死率が0%と2%
確実性効果
九十数%だったものが100%に変化する場合
e.g. 手術の成功率が100%と98%
一般にどのような事象であっても、リスクを完全にゼロにすることはもとより不可能
しかし、我々は100%安全だと言われない限り、なかなか安心できず、それを受け入れることができない
このようなゼロ・リスクへの志向性も確実性効果がもたらすものだと考えられる
1-4. リスク回避とリスク追求
確実性や可能性の効果は、損失に対してだけでなく利得に対しても見られる
11. 危機についての認知と感情で紹介したアジアの病気問題
いずれも確実性をめぐる選択ではあった
ポジティブ・フレームの場合にはリスクを回避するような対策が選択されていた
ネガティブ・フレームの場合には、ギャンブル的な要素があるリスク追求的な選択がされていた
カーネマンは、決定加重に伴う確実性効果・可能性効果を、利得・損失と組み合わせて、4分割のパターンを作成している(Kahneman, 2011)
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それぞれの欄には、その状況におけるリスクへの態度(リスク追求か、リスク回避か)と、その背景にある心情
ポジティブ・フレームの例は左上、ネガティブ・フレームの例は右上に相当
つまり、いずれの場合も、利得や損失の確実性を重視しすぎることによって、生じた選択だったと考えられる
下の段の2つの欄は、いずれも低い確率によって生じる可能性の効果
左下の例: 宝くじ
右下の例: 保険
2. リスクテイキング
2-1. 刺激欲求
リスクテイキング
リスクを追求すること
一般に若年者は中高年者よりもリスクテイキングを冒しやすいことが知られている
また、女性に比べ、男性の方がリスクテイキングの傾向が強い
リスクテイキングの傾向には、刺激欲求(センセーション・シーキング)と呼ばれる性格特性も強く関係しているとされる
「多様で、新奇で、複雑、かつ激しい経験や感覚の追求、また、そのような経験を求めて、身体的、社会的、法的、金銭的なリスクをとろうとする特性」(Zuckerman, 2006; Zuckerman, 2009)
そもそも人間には、誰しも刺激を求める性質がある
かつて行われた感覚遮断実験(Heron, 1957)
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実験参加者の五感を極力制限した状態で、実験室のベッドに横たわらせ、食事と排泄以外は何もせずに過ごさせた
過ごした日数に応じて報酬
当初は何もしないで高額な報酬が得られると喜んでいた参加者たちも、その多くが2,3日でこの状況に耐えられなくなり、どんどん脱落していった
時間経過につれて、実験参加者の落ち着きがなくなり、思考力が低下したり、幻覚が見えたりした者もいたという
我々はある程度の刺激が必要なことは間違いない
ジェットコースターに乗ったり、旅に出たりすることは、事故に遭う危険性を高める行為ではあるが、それでも人は新しい刺激を求めてリスクテイキングをする
刺激欲求の程度には個人差がある
また刺激欲求は、最適覚醒水準の個人差に基づく性格特性だとも考えられており、このような考え方はユングやアイゼンクの性格理論における外向性-内向性のち外ともよく似ている
外向的な人≒刺激欲求が強い人は、神経システムが興奮しにくく、強い刺激でないと、当人が快適だと感じる覚醒水準に達しない
内向的な人≒刺激欲求が強くない人は、外向的な人が求めるような刺激では、神経システムが興奮しすぎて、不快な覚醒水準に至ってしまうという
こうした最適覚醒水準の違いにより、刺激欲求の強い人はよりリスクテイキングをしやすいのだと考えられる
刺激欲求尺度(Zuckerman, Kolin, Price, & Zoob, 1964)
刺激欲求の個人差の測定
この尺度が作製されて以降、多くの研究者によって、様々なリスクテイキング行動との関連が調べられており、例えば刺激欲求が高いことは喫煙、飲酒、薬物乱用、ギャンブル、自動車運転、性行動などと関連していることが確認されている(Roberti, 2004)
2-2. コントロール可能性
スター(Starr, 1969)の試算
リスクが許容される程度は、利得の約3乗に比例する
リスクテイキングで得られる利益が2倍→その許容度は当初の8倍
自発的なリスクの許容度は非自発的なものに比べ、1000倍程度まで許容される
このことは、外界に対するコントロール力についての感覚(コントロール可能性)と密接に関係している
自発的なリスクの方が、より自分の力で制御できると感じられるために許容度が上がる
運転シミュレーションを使った実験では「自分が車を運転している」と想像させた場合、すなわち、自分で車をコントロールできると感じていた場合のほうが、「自分は乗客である」と想像させた場合よりも、より速いスピードを快適なものとして選択した
したがって、主観的に感じられるコントロール可能性が高いほど、リスクテイキングはされやすい
しかし、実際には制御できないような状況に対しても、あたかも自力で制御できているように感じてしまうことがある
テイラーによると、ポジティブ・イリュージョン(Taylor, 1989)の一つに、外界に治する自分のコントロール可能性を過大視する傾向がある
コントロールの錯覚(Langer, 1975)
例えば、くじ引きを自分でくじを選択する機会が与えられると、当選確率が上がったという錯覚を持ちやすい
楽観性バイアスもテイラーの考えたポジティブ・イリュージョンの一つ
実際の災害によって、あわや大きな被害を受ける可能性があった人々でも、楽観性バイアスは大きく低下しなかったという報告もある(Weinstein, Lyon, Rothman, & Cuite, 2000)
適度な幻想は心身の健康にむしろ望ましい影響をもたらすことも指摘されている(Taylor, 1989)
その反面、リスクを過小評価したり、リスクテイキングを冒しがちになる可能性があることは心に留めておく必要がある
3. リスク・ホメオスタシス理論とリスク補償
ワイルドが提唱するリスク・ホメオスタシス理論(Wilde, 1982; Wilde, 2001)
人が許容するリスクの程度は、対象となる事象の性質や個人の特性によって大きく変化しうる
しかし特定の個人が、ある対象について自発的に受け入れ可能なリスクの程度というのはある程度固定的だと考えられている
そのため、安全対策などによって、その事象の危険性が低下すると、それに応じる形で、人は以前よりもリスクテイキングしやすくなり、結果的にその対策を無効化してしまう可能性がある
ホメオスタシス
(生体の)恒常性とも訳される
本来は生理学の用語で、外界の環境変化などに応じて、生体が自身の体内環境をある一定の範囲に保とうとする性質のことを指す
ワイルドは生理学的なホメオスタシスと同じように、人間が許容されるリスクにも目標とされる水準(ターゲットリスク)があり、それが一定の範囲で保たれる仕組みがあると考えた
例えば、見通しの悪い道路整備したり、自動車に安全装置を取り付ける→運転手は運転速度を上げるなどのリスクテイキングを以前にも増してするようになり、結局は当初の事故率に戻ってしまう
芳賀, 2012は、この理論において特に重要なのは、次の2つの論点だとしている
リスクテイキングをすることは利益につながるため、人はその利益と引き換えに、自身の健康や安全を損ねるリスクをある程度まで許容するということ
スターの試算では、リスクの許容度は利得の約3乗に比例するとされていた
例えば、運転手がスピードを上げれば、時間を有効活用できる
しかし、ある特定の事象に対して受け入れ可能なリスクの水準は決まっている
そこで、リスクが高いと感じられる状況では、運転手は速度をあげたりしないが、安全対策によってリスクが低下したと感じられる状況においては、許容できるリスクの水準に到達するまで、運転速度を上げてしまうと考えられる
各人が許容するリスクが変わらなければ、リスクテイキング行動を減らすことはできないということ
安全対策は、それがリスク目標水準に直接的に働きかけるものでない限り、長期的には必ず無効になってしまうというのが、リスク・ホメオスタシス理論の予測
リスク・ホメオスタシス理論は、かなり挑戦的な理論であるため、提案当初は様々な物議を醸し、現在までに多くの反論も提出されている
しかし、ここまで極端な主張でなくとも、リスクが低下したと感じられることによって、まるでその埋め合わせをするかのように行動が変化するという現象は、日常的にも観察されるもの
リスク補償
安全対策が進み、身の回りの環境の危険性が低下したと感じられる場合のほかに、慣れや訓練によって、リスクをコントロールする力が身についたと感じられる場合にも生じやすい
たとえば、運転免許を取得したばかりの頃は安全運転を心がけていても、運転歴が長くなるとスピードを出したり無理な追い越しをしてしまったりすることは誰でも経験があるだろう
→13. 危機後の成長